本来これはかなり高度な内容なので 「補遺」 に回そうかとも思ったのだが, 不等式に入る前に必要であるし, 話の流れ上, 他でも言及しそうなのでここに掲げておくとこにした。 細かくて難しい話が続くので, 興味のない人は飛ばして次に進まれると良い。
良く知られているように, 有理数 rational number Q には稠密性 density と呼ばれる性質を満たす。 つまり a, b ∈ Q に対し a < b ⇒ ∃x ∈ Q (a < x < b) である。 実際 x = (a + b)/2 とすれば, それは有理数で, a と b の間にある。 だから, どんなに狭い二つの有理数の間にも更に有理数が詰まっているので, 数直線は有理数でいっぱいに見える。
しかし, これも良く知られているように, 実は数直線は有理数だけで考えるとすかすかである。 例えば √2 は有理数ではない。
明らかであろうが念の為にその証明を書いておこう。 背理法で示すために, 仮に √2 が有理数であったとして矛盾を導く。
仮定によって √2 = a/b となる自然数 a, b が存在して, それらの共通因数は 1 である (viz. 既約分数で表されている)。 両辺を自乗して 2 = a2/b2. 分母を払って 2b2 = a2. さて, a と b は互いに素であったから, a は 2 で割り切れなければならない。 即ち, 自然数 c が存在して a = 2c と書けている。 従って 2b2 = a2 = (2c)2 = 4c2. 従って b2 = 2c2 となるが, 同様の論法で b は 2 で割りきれなければならない。 しかし a も 2 で割りきれて, しかも a, b は互いに素であるというのだからこれは矛盾である。 この矛盾は抑々 √2 が有理数であると仮定したことに起因するのだから, √2 が有理数であってはならない。
三平方の定理によって √2 という線分が, 一辺が 1 の正方形の対角線として現れるのだから, 数直線上に √2 という数が現れるのは疑いもない。 従って数直線が有理数ばかりから出来ているとすると少なくとも一つは隙間がある。 勿論, 同様の論法によって √3, √5, ...... も有理数ではないし, それらの有理数倍と和や差も有理数ではないことが分かるので, 隙間は少なくとも有理数と同じくらいはある。 実際は有理数よりも遙かに多い量の無理数があるのである。
興味がある人のために, その事について少し書いておく。 以下のことは数学者 G. Cantor (ゲオルク・カントル) が考えたことである。
先ず, 無限の量に大小の区別をつけるときに, その概念を集合の濃度 (又は基数) cardinal number と呼んでいることに注意しておく。
整数の濃度と自然数の濃度は同じである。 何故なら整数を 0, 1, -1, 2, -2, 3, -3, ...... と並べれば, この数列は (1 + (-1)n(2n - 1))/4 と表されるので, 整数と自然数の間には一対一の対応がつくからである。
次に正の有理数と自然数の濃度は同じであることを言おう。 そうすると整数の濃度と自然数の濃度が等しいことと同じ論法で, 有理数全体が自然数の濃度と等しいことが言えるであろう。 明かに正の有理数の中には自然数が含まれているので, 正の有理数が自然数の濃度以下であることを示せばよいであろう。
そこで, 正の有理数を (重複も含めて) 1/1; 1/2, 2/1; 1/3, 2/2, 3/1; 1/4, 2/3, 3/2, 4/1; 1/5, ...... というように並べる。 これは第 i 群が 分子 + 分母 = i + 1, 第 i 群の第 j 項が j/(i - j + 1) となっているものであって, この j/(i - j + 1) という有理数は, 全体の第 i(i - 1)/2 + j 項になっている。 この対応で (約分していない) 正の有理数は自然数と一対一の対応がついている。 従って既約分数にしてしまうと, 量的には減るはずなので自然数の濃度以下である。 というわけで正の有理数, 従って有理数は自然数と同じ濃度を持つ。しかし, 実数のうち 0 ≦ x ≦ 1 を満たすものは, 自然数と同じ濃度にはならない。 仮に同じ濃度になったとしよう。 このときその番号付が具体的に与えられていて {xn} の様な数列になっているはずである。 各 xn は 0 ≦ xn ≦ 1 = 0.999999...... を満たしているから, 各々 xn = 0.xn1xn2xn3...... = Σk=1∞xnk/10k, 0 ≦ xnk ≦ 9, xnk は整数, のような小数表現を持っている。 このとき例えば yn = xnn + 1 (xnn ≠ 9), yn = 0 (xnn = 9) のような規則によって, 数 y = Σk=1∞yn/10k という新たな数を作ろう。 するとこの y は 0 ≦ y≦ 1 を満たすけれども, 決して仮定した番号付の表には現れない。
何故かというと作り方によって明らかだが, この数 y は明かに {xn} のどれとも小数第 n 桁目が異なっている (細かいことをいうとこの作り方では一寸問題があるのだが, どこだか分かったろうか ? 実は yn を作る際に 0 と 9 を避けておいた方が問題なく出来るのである)。 従って少なくとも y を付け加えなければいけないが, この y を付け加えた新たな番号付でも同じ論法によって, その番号付に現れない新たな数を見つけることが出来る。 つまり抑々自然数で番号付出来るという仮定が誤っていたので, 実数のうち 0 ≦ x ≦ 1 を満たすものは自然数では番号付出来ない。 一部分ですら自然数で番号付出来ないのだから, 当然実数全体も自然数と同じ濃度にはならない。この論法を G. Cantor の対角線論法 daigonal method という。
さて, そういうわけで実数には有理数以外の数, 即ち無理数 irrational numbers があることが分かったが, 解析学 (微分積分学) では実数が連続でないとまずい。 そこで無理数 (の一般的なもの) とは何であるかということが問題になったのであった。
無理数導入の方法は何通りかが知られている。 Weierstrass (ヴァイヤーシュトラース) は 1860 年以降の解析函数論に関する講義で無理数論を述べたが, 公表はしなかった。 それについての詳細は後に Dantscher (ダンチェル, 1908) や Mittag-Leffler (ミッタクレフラー, 1920) 等によって与えられた。 ついで Mèray (メレー, 1908) と Cantor (1872) が基本列 fundamental sequence (又は Cauchy (コーシー) 列) の概念に基づいて, 又 Dedekind (デーデキント, 1872) が切断 Schnitt の概念に基づいて無理数の理論を確立した。 Dedekind のStetigkeit und Irrationale Zahren (連続性と無理数) は自然数論である Was sind und was sollen die Zahlen ? (数とは何か, 何であるべきか) と共に岩波文庫 「数について --- 連続性と数の本質」 で読むことが出来る。 他にも Bachmann (バッハマン, 1892) によって縮小区間列というものを用いて無理数論が考えられたりしている。
さて実数の公理を述べるのに, 用語の説明をする。 以下では便宜上実数の性質として述べてあるが, 有理数の集合上でそれを考えて, 「そのような性質を満たすものを実数と呼ぶ」 としたものが本当は実数の公理である。
[Dedekind の切断 Schnitt]
(A, B) は A, B ⊂ R で A∪B = R (両方合わせたら実数全体になる) という (空ではない) 実数の部分集合の組で, a ∈ A, b ∈ B ⇒ a < b であるとき, この (A, B) を Dedekind の切断といい, A をその下組, B をその上組という。
実数の切断では下組或いは上組に端 (即ち最大又は最小) があって他の一方には端がない (即ち下組と上組には連続している) というのが実数の公理 (の一つ) である。
もしも R ではなしに Z (整数) で同じように切断を考えると, 下組に最大数があり同時に上組に最小数がある (つまり下と上の間に飛び leap がある) というものが幾つも作れるし, Q (有理数) でやれば, 下組に最大数がなく, 上組に最小数がない (下と上の間に途切れ gap がある) というものが幾つも作れてしまう (例えば {x | x2 > 2, x > 0} というのを B として, A をその補集合とすればよい)。
S ⊂ R 即ち実数の部分集合 S に対し M ∈ R (∀x∈S(x ≦ M)) つまり S に属する数が全て M よりも小さいときには S は上方に有界であるといい, M を一つの上界 upper bound という。 不等式の向きを逆にして下方に有界, 下界 lower bound という概念を得る。 S が上方及び下方に有界であるとき S は有界であるといわれる。
Dedekind の切断を用いると次のことがいえる。
S が上方に有界であるとき ∃M ∈ R (∀x∈S(x ≦ M) & (a < M ⇒ ∃x∈S(a < x ))) となる (つまり一つの上界でそれよりも小さくすると上界にはならないというような) M があり, それを S の上限 supremum といい sup S と書く [Weierstrass の定理]。 同様に下方に有界の時, 下限 infimum が存在して inf S と書く。
証明は S の上界の集合を上組として切断を作ってみて少し議論すればよい (省略)。
数列 a1 < a2 < a3 < … < an < an+1 < …… は (狭義) 単調増加数列 (strictly) increasing sequence と呼ばれる。 不等号 < を > に変えたものを (狭義) 単調現象数列 (strictly) decreasing sequence という。
不等号 < を ≦ に変えたものを (広義) 単調増加数列 increasing sequence という (両方に括弧があるが, 紛れなく言うためには, 「狭義」 も 「広義」 もつけておいた方がいい)。 (広義) 単調減少数列も同様である。
[定理]
有界な単調数列は収束する
[証明] 狭義単調増加の場合のみ証明する。 その他も同様。
仮定によって an < M となる数 M がある。 sup {an} = α としよう。すると limn→∞an = α である。 何故ならば b < α とすると, 上限の定義によって b < aN ≦ α となる番号 N があるが, {an} は狭義単調増加であるから n > N である限り b < an である。 しかし上限の定義から全ての番号 n で an ≦ α であるから, 特に n > N であるとき b < an ≦ α. 故に b - α < an - α ≦ 0 従って α - b > α - an ≧ 0. 従って |α - an| < α - b. ところが b は b < α であるような任意の数であったから (α - b = ε と考えられて) an → α.□
当然のことだが, 有界でない単調増加数列は an → +∞ で, 有界でない単調減少数列は an → -∞ である。
これを基礎として実数論を考えるということは, 例えば, √2 として, 1, 1.4, 1.41, 1.414, ...... という有理数列を考えるのと同じだということを意味している。
閉区間 In = [an, bn], n ∈ N で an ≦ bn, In ⊂ In-1, limn→∞(bn - an) = 0 を満たすときに, この区間の列を縮小区間列という。
[区間縮小法の定理] Bachamann
{In} を縮小区間列とするとき
∃!r ∈ R ∀n ∈ N r ∈ In.
つまり全ての区間に共通である数 r が唯一つだけある。
[証明]
仮定から a1 ≦ a2 ≦ … ≦ an ≦ …… ≦ bn ≦ … ≦ b2 ≦ b1 即ち, {an}, {bn} は共に単調且つ有界。 従って limn→∞ an = α, limn→∞ bn = β が各々存在する。 an ≦ bm であるから n → ∞ の時 α ≦ bm で次に m → ∞ として α ≦ β.
limn→∞(bn - an) = 0 だから定義により ∀ε > 0 ∃N ∈ N (N < n ⇒ 0 < bn - an < ε). 又 an ≦ α ≦ β ≦ bn から
an
- α
≦ 0
≦ β - α ≦ bn - α, an
- bn
≦ α - bn
≦ β - bn ≦ 0.
故に (後ろの方から) 0
≦ bn - β ≦ bn - α
≦ bn
- an.
従って (前の方から), 0
≦ β - α ≦ bn - α ≦ bn
- an < ε.
つまり ∀ε > 0 (0 ≦ β - α < ε.) だから α = β でなければならない。
∀n ∈ N (an ≦ α = β ≦ bn) だから α = β ∈ In. limn→∞(bn - an) = 0 であるから, このような数は唯一つに定まる□
これは例えば √2 を次のように上下から近似して決めるのに対応している:
明かに 1 < √2 < 2 である。 そこで (1 + 2)/2 = 3/2 (= 1.5) を考えると (1.52 = 2.25 だから) 1 < √2 < 3/2 である。 今度は (1 + 3/2)/2 = 5/4 (= 1.25) を考えると (1.252 = 1.5625 だから) 5/4 < √2 < 3/2 である。 更に (5/4 + 3/2)/2 = 11/8 (= 1.375) を考えると (1.3752 = 1.890625 だから) 11/8 < √2 < 3/2 である。.....
尚, 切断 (A, B) で {an} ⊂ A, {bn} ⊂ B として (上記の √2 の例のように a ∈ A と b ∈ B から初めて) 縮小区間列を作ると, これが定める数が A の最大数であるか B の最小数であることが示される。
[Cauchy の判定法]
数列 {an} が収束する
⇔ ∀ε > 0 ∃N ∈ N (n > N, m > N ⇒ |an - am| < ε )
これが Cantor-Mèray の基本列に対応している。
[証明]
⇒)
α = limn→∞ an としよう。
収束の定義から ∃N ∈ N :
n > N, m > N ⇒ |an - α| < ε/2 & |am - α|
< ε/2.
三角不等式より
|an - am| = |(an - α) + (α - am)| ≦ |an - α| + |α - am| = |an - α| + |am - α| < ε/2 + ε/2 = ε.
逆)
仮定から特に |an
- aN| < ε だから -ε < an - aN+1
< ε. 従って
n > N ⇒ aN+1
- ε < an < aN+1 + ε.
つまり {an}n > N は有界。 N を固定して考えれば, これに有限個の数 a1, a2, ... , aN を付け加えてもやっぱり有界だから, 数列 {an} 全体が有界である。
そこで今 ln = infn>N{an}, un = supn>N{an} として In = [ln, un] とすると, これは縮小区間列である。
さて, 仮定によって
∀ε > 0 ∃N ∈ N (n > N, m > N ⇒ an - am < |an - am| < ε).
であるから, 上限の定義によって (n で sup をとって) m ≧ n に対し, un - am ≦ ε. 従って下限の定義によって (m ≧ n で inf をとって) un - ln ≦ ε. 従って区間縮小法の定理によって un → α, ln → α となる α が存在し, しかも an → α でなければならない。 実際定義から, ln ≦ an ≦ un であるから, 十分大きい n に関して |an - α| ≦ ln - un ≦ ε であるから□
この Cauchy の判定法は直線的でなくとも 「距離空間」 と呼ばれる一定の性質を満たしている集合上で適用できる応用範囲の広いものである。 気分を述べれば, n が経過時間とするとき, 充分時間が経てば, 非常に近隣に凝集しているという状況で, 時間の経過と共に凝集の度合いが増していくのであれば, やがて一定の所に落ち着いていくだろう, というのがこの原理である。
上限と下限について述べたので, ついでだから, 上極限, 下極限についても述べておこう。
数列 {an} に対して, 上記のように (但し ±∞ をも含めて) ln = infn>N{an}, un = supn>N{an} とする。 これは収束するか, ±∞ に定発散するか何れかである。 そこで
,
と置き, 各々, 数列 {an} の上極限 superior limit, limes superior, 下極限 inferior limit, limes inferior という。 特に lim supn→∞ an = lim infn→∞ an の時に, それを limn→∞ an と書くわけである。 勿論定義から一般に
lim supn→∞ an ≦ lim infn→∞ an
は常に成り立つ。 又, この上極限, 下極限はどのような数列でも (±∞ をも含めて) 必ず存在する。
上極限については次のような性質が成り立つ (下極限に関しても同様):
u = lim supn→∞ an に関し, ε > 0 である限り, 十分大きい n に関して常に an < u + εで, 更に u - ε < an となる n も無限に沢山存在する。
言い換えると, どんなに u に近いところでも無限に多い an がある (u が an の集積点であるという)。 しかし u より一寸でも大きくするとそういうことは起こらない。
或いは, {an} の部分列で u に収束するものはあるが, u より大きい数ではそういうものはとれない (部分列が収束する点のうち最大のもの)。