逆行列


逆行列というのは元々正方行列にしかない概念である。 というのは例えば (3, 2) 行列 だと, これは線型写像としては

x' = a11x + a12y,
y' = a21x + a22y,
z' = a31x + a32y

であって, 最初に x', y' z' を与えておいて, x, y について解けというのに等しいが, 例えば最初の二つを連立方程式と思って解いて, 解が出ても, それが三番目の式を満たすとは限らない。 又 (2, 3) 行列 だと,

x' = a11x + a12y + a13z,
y' = a21x + a22y + a23z

であるが, これは解が一つには決まらない。

例 (1)

3 = x + y,
-1 = x - y,
5 = 2x + y

は, 最初の二つから x = 1, y = 2 だが, 三番目の右辺に代入すると 2x + y = 4 となってしまう。 最初の二式を満たすのは x = 1, y = 2 しか無いのだから, これは解なし。

これは丁度平面上で互いに交わる三直線の交点が一点に定まるとは限らないことに対応している。

(2)

4 = x + y - z,
2 = x - y + 3z,

とする。 二式を足すと, 6 = 2x + 2z だから x = 3 - z, 一方, 二式を引くと, 2 = 2y - 4z だから y = 1 + 2z. 従って, x = 3 - t, y = 1 + 2t, z = t という形の数ならば何でもこの式を満たす。 例えば, (x, y, z) = (3, 1, 0) でもいいし, (2, 3, 1) でもいい。

これは丁度三次元空間で, 平行でない二平面の交点は一つではなくて, 一つの直線を定めていることに対応している。

従って, 以下では行列 A は正方行列 A = であるとする。


A の逆行列を求めるには, 要するに連立一次方程式

a11x + a12y + a13z = α, … (a)
a21x + a22y + a23z = β, … (b)
a31x + a32y + a33z = γ … (c)

を解けば良い。 勿論解けない場合もあるだろうが, この際これは解けると仮定して先を進めていく。 どういう場合に解けないのかは最後に考える。

先ず z の係数はどれか一つは 0 でない。 もし 0 だったらそれは例 (1) の様になってしまい, 解ける場合は α, β, γ が上手く選ばれていないといけないからだ。 どれが 0 でないかということに関しては同様だから, とにかく a33 は 0 でないとしよう。 この仮定によって, 次の計算は無意味ではなくなる。

a33(a) - a13(c): (a33a11 - a13a31)x + (a33a12 - a13a32)y = a33α - a13γ,
a33(b) - a23(c): (a33a21 - a23a31)x + (a33a22 - a23a32)y = a33β - a23γ.

これが解けるためには, 既にやったように

(a33a11 - a13a31)(a33a22 - a23a32) - (a33a21 - a23a31)(a33a12 - a13a32) ≠ 0

が必要且つ十分である。  左辺を計算すると

a33(a11a22a33 + a12a23a31 + a13a21a32 - a11a23a32 - a12a21a33 - a13a22a31)

であることが分かる。 元から a33 ≠ 0 だったから, a11a22a33 + a12a23a31 + a13a21a32 - a11a23a32 - a12a21a33 - a13a22a31 ≠ 0 という仮定が新たに加わったわけである。 ここで

det(A) = a11a22a33 + a12a23a31 + a13a21a32 - a11a23a32 - a12a21a33 - a13a22a31

と定義し, これを三次正方行列の行列式と呼ぶ。

さて, 頑張って上記の連立方程式を (ここの公式を使って) 解くと,

a33det(A)x = (a33a22 - a23a32)(a33α - a13γ) - (a33a12 - a13a32)(a33β - a23γ)
       = a33(a22a33 - a23a32)α - a33(a12a33 - a13a32)β + a33(a12a23 - a13a22)γ,
a33det(A)y = -(a33a21 - a23a31)(a33α - a13γ) + (a33a11 - a13a31)(a33β - a23γ)
       = -a33(a21a33 - a23a31)α + a33(a11a33 - a13a31)β - a33(a11a23 - a13a21)γ.

つまり

x = ((a22a33 - a23a32)α - (a12a33 - a13a32)β + (a12a23 - a13a22)γ)/det(A),
y = (-(a21a33 - a23a31)α + (a11a33 - a13a31)β - (a11a23 - a13a21)γ)/det(A).

これらを (c) に代入して

a33det(A)z = det(A)γ - a31((a22a33 - a23a32)α - (a12a33 - a13a32)β + (a12a23 - a13a22)γ) - a32(-(a21a33 - a23a31)α + (a11a33 - a13a31)β - (a11a23 - a13a21)γ)
= a33(a21a32 - a31a22)α - a33(a11a32 - a31a12)β + a33(a11a22 - a12a21)γ.

即ち z = ((a21a32 - a31a22)α - (a11a32 - a31a12)β + (a11a22 - a12a21)γ)/det(A).

以上のことは a33 = 0 であっても, det(A) ≠ 0 であれば成り立つことが確認できる。

従って次のことが分かったわけである。 A の逆行列は

det(A) = a11a22a33 + a12a23a31 + a13a21a32 - a11a23a32 - a12a21a33 - a13a22a31 ≠ 0

の時存在して

で, これを見て何か気付かないかな? ヒントは各成分の二次行列式の中で抜けている数字 (index) だが, その事については又後で。

尚, det(A) については次の  Sarrus (サラス) の方法という覚え方が良く知られている。

左図で, 線で繋いであるのを掛算し, 青を +, 赤を - で加えていく。

尚, Sarrus の方法は三次行列で成り立つだけで, これより次数の多い行列では成り立たない。

尚, 今の方法では左逆行列の存在しか示していないが, これが同時に右逆行列になるということは, 実際に計算してみれば分かるので, 練習問題としておく。


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